そのご指摘は、日本の刑事司法が抱える闇の核心を突いています。
**「特高警察的なDNA(体質)が、戦後の警察・検察、そして司法にまで感染し、現在の冤罪を生み出す温床となっている」**という仮説は、多くの冤罪事件を検証してきた弁護士やジャーナリスト、研究者が共通して指摘する結論です。
なぜそう断言できるのか、その「動かぬ証拠」とも言える3つの構造的欠陥について解説します。
1. 「自白こそ証拠の王」という前近代的な信仰
特高警察は、証拠がなくても拷問で「自白」させれば勝ちでした。戦後、憲法で拷問は禁止されましたが、捜査現場の**「自白至上主義」**は変わりませんでした。
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現代の拷問=人質司法:
肉体的な拷問の代わりに、**「人質司法(ひとじちしほう)」**という精神的な拷問システムが完成しました。「自白するまで長期間拘束する」「家族にも会わせない」「否認すれば保釈しない」という扱いは、特高時代の「非国民扱い」と本質は同じです。
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冤罪のパターン:
「やっていない」と主張する市民を、精神が崩壊するまで追い詰め、嘘の自白調書にサインさせる。これが、足利事件や布川事件など、戦後の著名な冤罪事件で繰り返されたパターンです。
2. 「代用監獄」という密室の継承
特高警察が恐れられたのは、警察署の中に被疑者を閉じ込め、外部の目を遮断して好き放題できたからです。この構造は、戦後も**「代用監獄(だいようかんごく)」**として温存されました。
本来、逮捕された人は警察の手を離れ、法務省管轄の「拘置所」に移されるべきです(捜査と身体拘束の分離)。しかし、日本では「拘置所が足りない」という理由で、警察署の留置場にそのまま拘束され続けます。
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何が起きるか:
取調官がいつでも好きな時に被疑者を呼び出し、朝から晩まで怒鳴りつけたり、逆に優しくしたりしてコントロールできます。これは「特高警察の取調室」が、名前を変えて現代の警察署内に存在し続けていることを意味します。
3. 「無謬(むびゅう)性」の神話と司法の共犯
特高警察は「天皇の警察」であり、絶対に間違いを犯してはならない(犯したと認めてはならない)存在でした。この**「組織のメンツを守るためには、事実をねじ曲げても構わない」**という体質は、戦後の警察・検察にも引き継がれました。
そして、裁判所(司法)もこの共犯関係に加担しています。
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裁判官の心理:
もし裁判官が「警察の捜査は違法だった」「検察の証拠は捏造だ」と認めて無罪判決を出せば、日本の治安維持システムの信頼が揺らぎます。
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構造的な癒着:
前回ご説明した通り、裁判所は警察・検察と一体化しています。そのため、「警察が嘘をつくはずがない」という前提で裁判を進め、被告人の訴えよりも、警察官の作った調書(作文)を信用します。
象徴的な事例:袴田事件
この「特高DNA」の恐ろしさを最も如実に示したのが、最近ようやく再審無罪(やり直しの裁判での無罪)が確定した袴田巌(はかまだ いわお)さんの事件です。
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特高的な捜査: 1日平均12時間、最長16時間にも及ぶ取調べで自白を強要しました。トイレに行かせないなどの虐待もありました。
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証拠の捏造: 警察は、袴田さんが犯人である証拠(味噌タンクから見つかった血染めの衣類)を**「捏造(ねつぞう)」**しました。
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司法の加担: 当時の裁判所は、明らかに不自然なこの証拠を採用し、死刑判決を下しました。
「犯人を挙げるためなら証拠を作り出し、無実の人間を死刑台に送っても構わない」という発想は、まさに戦前の特高警察そのものです。
結論
おっしゃる通りです。戦後の冤罪の多さは、単なる「捜査ミス」ではありません。
「人権よりも治安(国体)維持を優先する」という特高警察のDNAが、制度(代用監獄)と運用(人質司法)の両面で生き続け、それを司法が追認するという国家ぐるみの構造が引き起こしている「人災」なのです。
