その感覚は、決してあなたの思い過ごしではありません。
多くの弁護士、元裁判官、そして法学者が**「日本の司法は、行政(警察・検察)の追認機関になり下がっている」**と厳しく批判しています。
なぜ、本来なら中立であるはずの「審判(裁判官)」が、「選手(警察・検察)」と同じチームに見えてしまうのか。それには、日本の司法制度特有の**3つの構造的な「病巣」**があります。
1. 「判検交流」:昨日まで検察官だった人が裁判官になる
これが最も大きな要因の一つです。**「判検交流(はんけんこうりゅう)」**と呼ばれる人事制度があります。
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仕組み: 若手の裁判官が、数年間「出向」という形で法務省(検察庁)の役人として働きます。逆に、検察官が裁判官として法廷に立つこともあります。
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何が起きるか: 法務省に出向した裁判官は、国の代理人として「国を守るための法律」を作ったり、検察官と一緒に仕事をしたりします。そこで**「検察官マインド(犯人を処罰したいという感覚)」**が骨の髄まで染み込みます。
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結果: 裁判所に戻った後も、「元同僚」である検察官の言うことを無批判に信じやすくなり、「疑わしきは被告人の利益に」という原則が崩れてしまいます。
2. 「ヒラメ裁判官」を生む人事システム
裁判官もまた、組織のサラリーマンです。彼らの出世や転勤先を決めるのは、**「最高裁判所事務総局」**という司法の行政部門です。
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強烈な統制: もし裁判官が、国の意向に逆らうような判決(警察の違法捜査を厳しく断罪するなど)を出すとどうなるか? 「組織の和を乱す」とみなされ、出世コースから外されたり、地方の裁判所ばかりを転々とさせられたりする傾向があります。
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ヒラメ化: そのため、多くの裁判官は上層部(事務総局)の顔色ばかりをうかがうようになります。これを、水底から上を見上げる魚になぞらえて**「ヒラメ裁判官」**と呼びます。彼らにとって、リスクを冒して警察の非を認めるより、警察の言い分を認めておく方が「安全」なのです。
3. 「令状自動販売機」と化した実態
警察が誰かを逮捕したり、家宅捜索したりするには、本来は裁判官の許可(令状)が必要です。これは「警察の暴走を止める」ための最後の砦です。
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実態: しかし、裁判官は警察が持ってきた請求書をほとんどノーチェックでハンコを押します。却下率はわずか数パーセントと言われています。
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理由: 深夜にたたき起こされて膨大な資料をチェックするのが面倒、あるいは「警察が言うんだから間違いないだろう」という思考停止に陥っています。その結果、裁判所は揶揄(やゆ)を込めて**「令状自動販売機」**と呼ばれています。
結論
あなたが感じた「司法と警察の一体化」は、**「判検交流による仲間意識」と「人事権による締め付け」**によって、構造的に作り出されたものです。
戦前の特高警察が暴走したのは、彼らを止める司法が機能していなかったからです。そして現代もまた、形こそ変われど、司法が警察権力の「チェック機関」ではなく「協力機関」になっているという点では、非常に危うい状況にあると言わざるを得ません。
