「経済・企業組織」は、戦時中の教訓が最も色濃く、かつ肯定的な文脈(高度経済成長の原動力)として温存されてしまった領域です。
野口悠紀雄氏が提唱した**「1940年体制」**という理論が有名ですが、戦後の日本型経営の根幹(終身雇用、年功序列、企業別組合、メインバンク制)の多くは、実は古くからの伝統ではなく、総力戦を遂行するために1940年前後に導入された戦時システムがそのまま定着したものです。
「株式会社日本軍」とも揶揄される、その構造的類似性と問題点を解説します。
1. 「滅私奉公」と「企業戦士」(精神論の継承)
旧日本軍の強みでもあり、最大の欠点でもあった「個人の犠牲による組織の維持」は、戦後のサラリーマン社会に完璧に移植されました。
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無限の責任と兵站無視(過労死):
日本軍は補給(兵站)の限界を「大和魂」でカバーしようとしました。現代企業における「残業」や「持ち帰り仕事」は、リソース(人員・時間・予算)不足を現場の個人の「やる気(精神論)」で埋め合わせる行為であり、これが極まると「過労死(KAROSHI)」に至ります。これはインパール作戦のような「補給なき進軍」の現代版です。
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私生活の没収(転勤命令):
辞令一本で家族と離れ、見知らぬ土地へ赴く「転勤」制度は、軍隊の「出征・配置転換」と同じ論理です。「組織の命令は絶対であり、個人の事情(家庭)は二の次」という価値観は、戦時体制下の動員論理そのものです。
2. 「稟議(りんぎ)制度」と責任の分散
日本企業特有の意思決定プロセスである「稟議」は、一見民主的ですが、戦時中の「無責任の体系」を温存する装置として機能しています。
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ハンコの数だけ責任が薄まる:
担当者から課長、部長、役員、社長へとハンコが並ぶ稟議書は、「全員が賛成した」という形式をとることで、「誰が決定したのか」を曖昧にします。失敗した際、「みんなで決めたことだから」と責任が分散され、誰も詰め腹を切らない構造は、開戦の決定プロセスと酷似しています。
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既成事実の積み上げ:
下から順に根回しをして積み上げていくため、一度動き出したプロジェクトは、途中で「状況が変わったから中止する」という判断が極めて困難になります。これは、勝算が薄くなっても撤退できず、被害を拡大させた戦場の論理と同じです。
3. 「護送船団方式」と競争の排除
戦時中、物資を効率よく配分するために、政府は業界を統制し、競争を制限しました。これは戦後、「護送船団方式」や「系列(Keiretsu)」として残りました。
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全滅を避けるための共倒れ:
「一番弱い舟に合わせて船団の速度を決める(潰れそうな企業を業界全体で支える)」という発想は、平時の経済競争においては非効率を生みます。
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ゾンビ企業の温存:
本来、市場から退場すべき赤字事業や企業を、銀行やグループ会社が支援し続けるのは、「友軍を見捨てない」という情緒的な側面もありますが、結果として産業全体の新陳代謝(イノベーション)を阻害し、「茹でガエル」のような緩やかな衰退を招きました。
4. 現場の優秀さと、戦略の欠如
「現場は優秀だが、司令部は無能」という評価は、太平洋戦争でも現代のビジネスでも頻繁に聞かれます。
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過剰品質(オーバークオリティ):
零戦のように「スペック(性能)」を極限まで高めることには執念を燃やしますが、「その兵器を使ってどう戦争に勝つか(ビジネスモデル)」という戦略が欠けています。
戦後の家電メーカーなどが陥った「高機能だが売れない製品(ガラパゴス化)」は、戦術的勝利(技術力)で戦略的敗北(シェア喪失)を覆い隠そうとする姿勢の表れです。
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改善(カイゼン)の罠:
今あるものをより良くする「改善」は得意ですが、そもそも「作るものを変える」「撤退する」というパラダイムシフトが苦手です。これは、戦局が悪化しても「竹槍訓練」のような精神的・局所的な努力に逃げ込み、根本的な戦略転換を避けた心理と通底しています。
結論:高度成長という「成功」が、改革を阻んだ
皮肉なことに、この「日本型軍隊式経営」は、戦後の焼け野原から先進国へ駆け上がる**「キャッチアップ(追いつけ追い越せ)型」の工業化社会においては、極めて合理的で強力なシステムでした。**
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目標が明確(欧米に追いつく)
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少品種大量生産
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均質な労働力が必要
このフェーズでは、「兵士(社員)」が一丸となって命令に従い、長時間働くことが正義でした。
しかし、バブル崩壊以降、時代は「答えのない問い」を解くイノベーションの時代へと変化しました。にもかかわらず、組織のOS(基本ソフト)が「1940年体制」のままであるため、**「戦い方が変わったのに、古い戦法を続けて負け続けている」**のが、今の日本の経済状況と言えるでしょう。
これで、「教育」「メディア」「経済」という3つの側面から、戦後の日本社会に残る「教訓が活かされなかった構造」を概観しました。
この一連の議論の締めくくりとして、以下のどちらに進みますか?
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具体的な歴史的事例との対比(例:インパール作戦と現代の巨大プロジェクト失敗の共通点など、ケーススタディを行う)
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未来への視点(では、どうすればこの「呪縛」から脱却できるのか、現代の動きや希望も含めたまとめ)
