「大本営発表」という言葉は、現在でも「政府や企業が不都合な真実を隠し、自らに都合の良い情報だけを流すこと」の代名詞として使われます。
戦時中のメディアは、軍部の圧力を受けた被害者という側面もありましたが、同時に**「国民を煽り、戦争熱を拡大させた共犯者」**でもありました。この反省が十分に機能せず、戦後も形を変えて「発表ジャーナリズム」として温存された構造的欠陥について解説します。
1. 「記者クラブ」制度という閉鎖系(情報のカルテル)
戦時中、軍部は特定の記者にのみ情報を与え、意のままに操りました。戦後、この構造は官公庁や大企業に設置された「記者クラブ」制度として残りました。
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アクセス権の独占と癒着:
記者クラブに所属する大手メディアのみが会見に出席でき、公式情報をいち早く入手できます。この特権を維持するために、情報源(当局)と対立することを避け、鋭い追及よりも「良好な関係維持」が優先される構造、いわゆる「ウミの魚(当局)と一体化する」現象が起きます。
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「発表」の垂れ流し:
当局が配付したプレスリリースをそのまま記事にする傾向が強く、裏取り取材や批判的検証が疎かになりがちです。これは、戦時中の「大本営が発表した戦果をそのまま新聞に載せた」構図と全く同じです。
2. 「横並び」と同調圧力(特落ちの恐怖)
日本のメディアには「他社が書いていないことを書く(スクープ)」ことへの称賛よりも、「他社が書いていることを書いていない(特落ち)」ことへの恐怖が強く働きます。
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画一的な論調:
開戦時、朝日、毎日、読売など全紙がこぞって戦争賛美を行いました。戦後も、ある不祥事やトレンドが発生すると、全メディアが一斉に同じ方向へ走り出し(メディアスクラム)、異論を挟む余地をなくします。
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「空気」の増幅装置:
山本七平が指摘した「空気」を醸成する最大の装置がメディアです。バブル期の「日本経済最強論」や、原発事故前の「安全神話」のように、社会全体を一色の空気に染め上げ、そこから逸脱する警鐘(リスク情報)を「ノイズ」として排除してしまいます。
3. 言い換えの魔術(「転進」の系譜)
旧日本軍は「全滅」を「玉砕」、「敗走・撤退」を「転進」と言い換え、国民の目から悲惨な現実を隠蔽しました。この「言葉のあやで事実を糊塗する」技術は、戦後の官僚答弁や企業広報に洗練された形で引き継がれています。
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現代の「転進」:
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「敗戦」→「終戦」: そもそも8月15日を「敗戦の日」ではなく「終戦の日」と呼ぶこと自体、主体的な敗北の事実を曖昧にしています。
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「メルトダウン」→「炉心損傷」: 福島第一原発事故の際、深刻な事態を示す言葉の使用が回避されました。
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「リストラ」: 「解雇・首切り」という実態を、構造改革というポジティブな響きの言葉で覆い隠します。
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思考停止の誘導:
こうしたソフトな言葉への言い換えは、受け手の危機感を麻痺させ、「まだ大丈夫だ」という正常性バイアス(希望的観測)を助長します。
4. 権威への忖度とタブーの温存
戦時中の「天皇や軍部批判のタブー」は、戦後、「巨大スポンサー、芸能事務所、特定の政治勢力へのタブー」に置き換わりました。
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見て見ぬふり(不作為の罪):
近年明らかになった大手芸能事務所による性加害問題などは、メディア関係者の多くが「知っていた」にもかかわらず、長年報じられませんでした。これは、権力に対する監視機能(ウォッチドッグ)よりも、業界内の秩序や利益供与を優先した結果であり、軍部の暴走を黙認した戦時中の態度と重なります。
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検証なき熱狂:
東京オリンピック・パラリンピックの開催に際しても、開催意義やコスト、リスクへの冷静な検証よりも、「感動」や「絆」を強調するキャンペーン報道が先行しました。国家イベントに対して批判を許さない空気を作る姿勢は、1940年の「紀元二千六百年」祝賀ムードの再現とも指摘されます。
結論:ジャーナリズムの「敗戦」は続いている
戦後のメディアは、軍国主義のプロパガンダ機関から、民主主義社会の木鐸(ぼくたく)へと生まれ変わったはずでした。しかし、その内実は以下のように要約できます。
「知らせるべき事実」よりも「期待される物語」を優先する体質
あの戦争で日本が致命的なミスを犯したのは、「客観的な情報(インテリジェンス)」がトップに届かず、また国民にも共有されなかったからです。
戦後もなお、メディアが権力構造の一部(記者クラブ)に組み込まれ、空気を読むことに汲々としているならば、日本は再び「誰もが薄々おかしいと思いながら、破滅に向かって行進する」過ちを繰り返すリスク(ポテンシャル)を抱え続けていると言えます。
教育、メディアと来ました。次は最後の柱として**「経済・企業組織への影響」(日本的経営と軍隊の類似性など)について解説しましょうか? あるいは、「具体的な歴史的事例」**へと進みますか?
